夏の夜陰は不思議と肌への馴染みが良いような気がするのは、
やっとのこと昼間の猛暑が退いて、
過ごしやすくなる頃合いだからか、
それとも、真冬のそれに比すれば、
なかなか真っ暗闇にはならないからだろか。
“どっちにしたって宵っ張りが多いのは確かだがよ。”
どいつもこいつも、
昼間はナメクジみたいに干からびてやがるくせ、
陽が落ちた途端、ここぞとばかり夜遊びに興じやがって、
お陰さんで仕事が しにくぅてしにくぅてと、
良い湯加減で(?)中っ腹だったことからの八つ当たり。
どっちでも ええわいと突っぱねるついでのように、
筆者の“枕”を清めの聖刀にて すぱーっと切って捨ててしまわれたは。(いやん)
毎度お馴染み、
京の都の場末に屋敷を構える、神祗官補佐様こと、
その手腕 都随一と名高い、陰陽術師の 蛭魔妖一氏、その人で。
“うちのくうの健全なお元気ぶりを見習えっての。”
連日の暑さも何のその、
裏山まで伸してっては蛇神様と遊んだり。
天聖界の“こぉたん”こと、こうちゃんとかいうお友達を連れて来ての、
鮎やらヤマメやら、山ほど取って来たと二人そろって胸張って自慢したり。
……って、あの坊やも時々来てるんですね。可愛いのが2人かぁvv
もっと正式なお名前としては
『山科の里狐(りこ)、すいかづらの何とか』とかいった、
いかにも仰々しいのが付けられていたそうなのだが、
こんな風な思い出し方をしているくらいで、
朽葉殿から伝えられたそれを、正確に覚えている者は、
少なくとも術師の館側の人間の中には あいにくと一人もおらず。
くうちゃんがしきりとそう呼んでいた
“こぉたん”の方が、いっそ通りがいい辺り…。(苦笑)
“…盛大に脱線してんじゃねぇよ。”(……すみません。)
今宵は頭上の夜空を照らす晩ではなかったか、
今にも西の空の下縁を縁取る稜線へ降りてこうとしているところの、
爪のように細い細い三日月の代理ででもあるかのような、
それは見事な金色の髪をし、肌も白くてすべらか、
その指先も繊細しなやかならば、手足も長くて伸びやかな、
見た目だけでも十分に年若なことが知れる、
瑞々しいばかりの青年導師様であり。
だが、そんな見栄えのまだまだうら若き身でありながら、
殿上という勤め先での上司にあたる、
現・神祗官の武者小路家 筆頭様でさえ、
手放しで秀逸無二と認めるほどの当代随一、
掛け値なしに凄腕の陰陽師であらせられ。
“…とか何とか おだてておいて、
自分は余裕で怠けておいでの、
調子のいい爺様の言うことだがな。”
またまたまたぁ〜vv
褒められるなんて慣れがないことだからって、
そんな風に可愛げない言いようをしてからにもうっvv
「〜〜〜〜〜〜〜っ。」
判った判った、外野は退散しますから、お話を進めてくださいな。
“…ったくよ。”
外野まではみ出すほど、静かにお怒りだったのは、
先にも並べましたように、
真夏の猛暑にだれだれだったはずの連中が、
少しは涼しくなる宵を迎えて活動的になってくれるもんだから。
術師としてのお務め、依頼があっての厄神祓いや封印施術に赴いた先にて、
そういうのと出くわさないよう、
息をひそめる必要がたまにあるのが うざったいからに他ならぬ。
誰から受けた除霊の依頼かなんてのは、
あっさりバレてしまったところで(彼自身は)一向に困らない。
あれ、○○様のところって何か怪しいもんが出るのかなぁ、
そういや奥方様が、このところお加減がよくないとか、
そういった噂がご近所界隈で立ったとて、
宮中での立場にまで響かないなら何とも思わぬ、
厚顔な権門相手なら、遠慮なんてする必要なんてない。
悪い風評が立っては困らぬかなぞと、気を遣ってやっても意味がない。
そんなものをいちいち気にするほど繊細な連中なら、
そも…蛭魔ほどの凄腕が、荒技も出すぞとの構えにて、
山ほどの破邪御弊をたずさえ、
緊急での対処へ出ばらにゃならぬほどの、
手遅れ状態になってるはずがないからで。
“いっそのこと、放っておいて滅ぼした方が、
色々と後難も無くなっての 世のためかも知れんのだがな。”
それもまた自然の成り行き、はたまた因果応報。
祟られるような不遜や傲慢の限りを尽くしたりしたから、
人々の負の情念、呪いや恨みという怨嗟を、
何にも無いところで人がコケたり、
突然 頭上へ物が降ってくるような、
物理的な障りが出るほども集めてしまったのであって。
そこで暮らす人間の気力にまで
働きかけているともなれば、
神祗官の筋の者としては、もはや無視する訳にも行かぬ。
現帝に恩を持ってる…つもりのうるさがた、
そろそろ代替わりを構えておいでらしい跡取りも、
何をどういう根拠にしてか、偉そうに踏ん反り返ってる凡六で。
“今上帝か、それとも武者小路の爺様か、
とうとう鬱陶しい奴めと思う嵩が
限度を超してしもうての、この仕儀なのかも知れんがな。”
そろそろ放ってもおけない状態の、
妖しきものどもが徘徊する屋敷。
日頃からも、
そういうものども放っておくのは帝の権勢にかかわると、
そんな屁理屈持ち出していた一派の筆頭だったので、
“自分らの行いのせいと反省する気は一片もないらしいしの。”
この時点で既に、大いなる矛盾を抱えていること、
気づきもしないおバカが相手だ。
半端に蓋だけして、後はそれこそ“行い次第”と、
自業自得な顛末を高みの見物してやっても良いのだが。
『そんなしたら、お師匠様の腕が落ちたとか言われませぬか?』
屋敷へ仕える雑仕の方々の、娘さんやお子さんたちまでも、
自分の奴婢扱いし、家族そろって非道な仕打ちをしまくってたと、
悲しい噂話には枚挙の暇が無い家としても有名だそうなので。
心優しい瀬那くんでさえ、
その家の連中へ天罰が下ることへは、
もはやどっこも痛まぬがと言わんばかりの語勢のまんま、
でもでも…と問うたのは、蛭魔の側に悪評が立たぬかという案じ。
『そんなもん、それこそ屁でも無いのだがの。』
困ったときだけ 地面へ頭を擦り付けて縋られるのは迷惑千万。
破邪封魔への施術をするのが、
宮中でも名代の鼻つまみ、
伏見の痩せ狐の生まれ変わりとさえ陰口叩かれている、
問題児・蛭魔であることには、気づいてもおらぬであろうから。
そうさな、助けてやるのも業腹だ、
いっそ、ホントを知らせぬままにし、
“当てにならぬ奴よ”と好き勝手言いつつ滅ぶのを
眺めるのも良い気味さねと。
末恐ろしいことを言い、からから笑った剛の者。
“…途端に、それは可哀想かもなんて言い出すお人よしだものな。”
思い出してか、目元が和んだ蛭魔だったのは、
そうまでいきり立ってたくせに、
でもでも、あすこのお嬢様は、一人だけ優しい姫様でと言い出して。
親御や兄上が非道をなさったと聞くと、
さめざめ泣いての悲しんでから、
出来る限りの助けをと、こそりと私物の着物や宝物を売り払い、
傷つけられたお人への手当てに回しておいでです。
自分が“をのこ”であったれば、
そんな愚父には引退いただき、愚兄もとっとと追い出して、
自分が跡を継いで、すべてにやり直しをしてしまうのにと。
そうまでお言いなの、訊いた事がありますものと。
結局は非情になりきれないところが あやつらしいななんて、
くすすと笑って、さて…と 吐息を一つつき。
「困った父御や跡取りには、地獄を見せてやった方が良いのだろうがの。」
呟くようにそうと言いつつ、
厚絹の狩衣の懐ろに手を入れると、破邪の御弊を数枚取り出す。
月も見えない真夏の宵は、
暦の上ではそろそろ涼しい風も立つはずが、何故だか異様に蒸しており。
問題の屋敷の屋根の上へ、音もなく乗り上がってた術師殿、
重苦しい気配には気づいていたが、
「………。」
ふわりゆらりと、
どこからともなく集まって来た妖しき燐火をジロリと見据える。
青みがかった緑の光が、風のない夜陰の中に幾つも浮かぶと、
屋敷のあちこちをうろうろと徘徊して回っており。
事情を知らぬものが見たらば、あれ蛍がと風流がるかもしれないが。
「それ以前に、霊力が無いと見えない代物だが、なっ。」
指先に挟んだ御弊を数枚のまま、
そそぎ込んだ念ごと、
宙を切り裂くようにとの鋭さにて飛ばす術師殿であり。
薄い和紙の弊は、なのにも関わらず、
矢のような素早さで夜気の中を滑空してゆくと、
蛍火のように浮遊していた火の玉の群れを、
片っ端から切り裂きの消し去りのと、
ただ飛んでくばかりではなくの、
中途で曲がったり戻ったり、自在に舞う不思議さよ。
「…おっと。」
逃げ惑う群れを追い、ツバメのように飛び交う弊は、
遠く離れた屋根の上にて、
蛭魔が時折、衣紋の袖を振り抜くほど腕を動かすことで操られており。
自身の周囲へも何枚かを飛ばしての掃討は、
時に、抵抗してかこちらへと飛んで来るのを
素手にて払う所作も含めての、結構慌ただしい仕儀ではあったが、
「こなくそっ。」
終しまいには桧扇を振っての対処にまでなった大掃除。
霊感には縁のない当主らには何も伝わらなんだらしかったものの、
セナが案じていた娘姫だけは気づいたものか。
淡色の衣紋をまとった金の髪のお狐様が、
不信心な当家をそれでも救うて下さったのだと両手を合わせてのち。
親御は大反対していたがそれでもと、
帝の息女が代々の巫女となる、出雲の斎宮へ仕えたいと、
それは強引に旅立ってしまったという話だが…それは後日のこととして。
「まぁだ消えぬか。」
しつこい奴よと、居残り組らしき一群へ、
そぉれと弊を振り向けたものの、
「そいつらは違うぞ。」
聞き慣れたお声がし、
ふわりと、蛭魔の手首を押さえる手が現れる。
両手をまとめて余裕で掴めるのではなかろうかというほどに、
がっつり大きな作りの手であり。
これでも相当に気を遣っての力加減なのが小憎らしいと苦笑をしつつ、
「違うとは?」
どういうことだと、光を追うのは辞めさせた弊、
ちょっぴり八つ当たり気味に、そやつへ そぉれと集めれば、
あ痛、あ痛と大仰に暴れ、腕でお顔を覆って見せたトカゲの総帥。
「こらこら、俺にだって効き目はあろうに。」
「一応は“大妖”が何を言うかな。」
お前様とて、それで死にはせずとも蚊に食われりゃあ痒かろうよ。
そうかい、俺の咒は蚊の級かよ…と。
相変わらずの臍曲がりっぷりで一通りからんでから、
「で? 何で今ごろついて来た。」
たかだか、蚊の級の仕事だってのによと、
今宵一杯はそのネタで引っ張るつもりらしい蛭魔の言いようへ、
あのなぁと口許をたわめてから、
だがだが、その精悍なお顔に、
何とも言えぬ男臭さが頼もしい苦笑を滲ませ、
「セナ坊から聞いたのがついさっきなのでな。遅れて済まぬ。」
今日は一日、猛暑に陽炎が立つ中をどこぞかへと出掛けていたらしき総帥殿。
せいぜいお仲間への暑さ見舞いだろうよさと、
納得しているような口調だったくせに、
そういやこういう仕儀を頼まれてたなぁと、
言われたおりは聞き流していたくせに、
強引に思い出しての、半日で支度し、突然出掛けて来たようなもの。
暇を持て余し過ぎての思いつきな行動だったのに、
ついて来れねぇとは けしからんとでも言いたいか、
ふ〜んだとそっぽを向いた術師殿の鼻先へ、
緑の光がぽわりと浮かび、
「な…っ。」
「だから、違うって。」
不意を突かれたと、慌てて御弊を掴む白い手を押さえ、
その懐ろへ痩躯ごと掻い込む格好になった葉柱が、
よく見やと中空を顎でしゃくって示せば、
「…………蛍?」
「そういうことだ。」
ちかりちかりと点滅しつつ、
夜陰を照らし出す小さな光は、
いつの間にか小さな虫のそれだけになっていて。
とっくにややこしい光は消え失せておったぞ?
………知るか。//////
微妙に八つ当たりを兼ねての仕事だったなんてこと、
癪だからこっちからは言えないが、
言わなきゃきっと判らぬだろう朴念仁なのもまた、
何とはなく……詰まらぬかも。
「……………………。」
「何だよ、弊をぶつけてごめんなさいか?」
「それだけは ぜってぇありえねぇ。」
絶対ってお前…と、口許を尖らせかかったのへ。
すかさずのように顔を寄せ、頬に口許くっつければ、
「あ……………?///////」
たちまち何も言えなくなる葉柱なのが、無性に楽しく。
夜陰の中でも判るほど、真っ赤になったの見やってそれで、
あっと言う間に もやもやも去るところは、蛭魔の方だって相当にお手軽で。
やってなさいとの呆れ顔、
細い細い三日月が、ゆっくり沈んでく、とある宵のことでした。
〜Fine〜 11.08.01.
*連日暑いですね。
更新が遅れて相すみませんです。
集中力がなかなか続かないのが難儀です。
晩になって少しでも涼しいと、
机に向かう前に眠気が襲うの何とかしたいです。
(どこの中学生か…。)
めーるふぉーむvv

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